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リュビーモフのインタビューがMOSTLY CLASSICに掲載されました。

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5月21日に行われる第105回定期演奏会でソリストを務め、2曲の協奏曲を演奏するロシアの巨匠、アレクセイ・リュビーモフのインタビューがMOSTLY CLASSICに掲載されました。

 

ロシアの異才アレクセイ・リュビーモフが東京ニューシティ管弦楽団に客演、ストラヴィンスキーとハイドンと大きく時代を隔てた2つの協奏曲を演奏する。これこそリュビーモフの本領発揮だ。旧ソ連の厳しい制約の中で現代音楽に取り組み、さらに古楽アンサンブルを結成し、ハープシコードやフォルテピアノ演奏の先駆者となった。共演する若手指揮者フィリップ・チジェフスキーはボリショイ・オペラで活躍する一方、バロックと現代を得意とする。両者の組み合わせがどのような化学反応を引き起こすか楽しみだ。

 

ーハイドンのように古い作品を現代のピアノで弾くときの難しさはありませんか。

 

一般的にピアノは2種類の楽器しかないと思われています。ハープシコードと現代のいわゆるピアノです。そこに誰も大きながギャップがあることに見向きもしません。私にとって初期のフォルテピアノを発見する機会がありました。その機会は私を楽器リサーチへと誘い、一つとして同じフォルテピアノという楽器が存在しないことを気づかせてくれました。それぞれの国において5年おきにフォルテピアノは変化していき、異なった音楽に使われるようになったのです。そこで何故作曲家が色々な方法によって作曲していたか理解するようになりました。それは作曲家が所有していた楽器に由来しているのです。

 

ーゲンリヒ・ネイガウス先生はどのような先生でしたでしょうか。

 

正直に申し上げると、ネイガウス氏が亡くなるほんの1年だけしか師事していません(1964年)。亡くなられた後は、お弟子さんで後に有名な教師になるレフ・ナウモフ氏に習いました。とは言え、ネイガウス派に違いはありません。ネイガウス先生は典型的なロマンティック楽派でしたが、私が予備学校の時は反ロマンティックでした。

 

ー旧ソ連体制の制約の中でブーレーズやリゲティなど多くの現代作品の初演を行っています。一方で、古楽に手を染めたのはなぜでしょうか。

 

15歳か16歳位の時からでしょうか。私は普段の演奏会ではとりあげられることがないような現代音楽に興味を持っていました。現代音楽こそが私を魅了するのです。1970年代のロシアは鎖国状態でした。古楽やオルガン音楽ですら恐怖をもたらした。別の時代の演奏されたものは政治的危険行為と見なされていました。しかし、聴衆はソビエトのものでない何か別の音楽を聴きたがっていました。

 

これはとても変な話かもしれませんが、私はバッハが大好きで、可能な限りレコードを集めました。クレンペラーのマタイ受難曲などです。ある時、その素晴らしいレコードを誰かに貸したのですが紛失してしまいました。運良く次のヨーロッパ・ツアー時に偶然にもお店で発見し、色々な奏者のレコードを見つけたのです。その中に古楽器を使った、当時の私にとって全く知らないニコラウス・アーノンクールのものがあったのです。1970年代の半ばのことでした。それはもう私にとっては革命でした。仲間や同僚とレオンハルトのレコーディングを聴き、打ちのめされました。その後バッハのソナタをグリデンコとハープシコードを使ってバロック・スタイルで演奏し、多くの批判を浴びました。シュニトケは、この演奏に怒っていました。「君たちはバッハの荘厳さを忘れてしまった」と。

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